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ピタットハウス加古川店 [賃貸版]

ちょっといい話

どうも中井です


今回は趣向を変えてネットで見つけたいい話を


ご紹介したいと思います。


 


20年前ぐらいの前の話

当時俺の家はいわゆる片親ってやつで、すげぇー貧乏だった。
子供3人養うために、かぁちゃんは夜も寝ないで働いてた。
それでもどん底だった・・・

俺は中学卒業してすぐ働きに出た。
死ぬほど働いた。遊んでる暇なんてなかった。

1年ぐらいして同級生に久しぶりに会った。
飯食いに行こうって話になった。
メニューの漢字・・・読めなかった。
読めたのは、一つだけカタカナで書いてあった「オムライス」だけ。
同級生は「焼きそばとごはん」って注文した。

無知な俺は「じゃあ俺はオムライスとごはん」って店員に言った。
店員、固まってた。
クスクスって笑い声も聞こえてきた。
そしたら同級生
「さっきのキャンセルね!!俺もオムライスとごはん!!」

・・・
店出た後、同級生が一言
「うまかったな」って言った。
「仕事がんばれよ」って言ってくれた。

泣けてきた
心の底から人に「ありがとう」って思った。
そいつは今でも親友です。


 


なんか、グッとくるもんがありません


めちゃくちゃかっこよくないですか?この同級生


さりげなさがシブイ


 


 


それでは最後にもう一つ


 


小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。


でも、絵が上手な子だった。


彼は、よく空の絵を描いた。


抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。




担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。


冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。


N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。


私はN先生が大嫌いだった。



クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、


N先生は違う学校へ転任することになったので、全校集会で先生のお別れ会をやることになった。


生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。


先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。


お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。



私は、A君の言葉を忘れない。


「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」



A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。


水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。


放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。


その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。


N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。



 


N先生は今、僻地の小学校で校長先生をしております。


先生は教員が少なく、子供達が家から2時間ほどかけて登校しなければならないような 過疎地へ自ら望んで赴任されました。


N先生のお家には、毎年夏にA君から絵が届くそうです。


A君はその後公立中高を経て、美大に進学しました。


お別れ会でのN先生の挨拶が思い浮かびます。



「A君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。


みんなはもしかしたら、 見たこと無いかもしれない。


ユトリロっていう、フランスの人でね、街や 風景をたくさん描いた人なんだけど。


空が、綺麗なんだよ。


A君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。


だけど、決して取り戻せない物ではないのです。


そして、A君は それを一生懸命自分のものにしようしています。


これは、簡単なことじゃありません!」



A君は、空を描いた絵を送るそうです。


その空はN先生が作り方を教えた、


美しいエメラルドグリーンだそうです。


 


信じてもらえないとおもうが、おもわず泣きそうになりました。


涙腺がゆるくなる年になってきたのかも・・・


それでは又、お会いしましょう。